2017年12月23日

中津村開拓日誌・第11号−3(2005年2月発行)

2003年11月23日。
私たち三人は、和歌山県動物愛護センターで、
「犬猫を飼うための講習会」を受けていました。

犬をもらうためです。
ちゃんと飼ってもらうために、この講習会は義務づけられています。
受けないと、犬はもらえません。

そこには、生後3ヵ月くらいの犬がたくさんいました。

一番小さくてわかいい犬を見ていたのですが、女の子なんです。
女の子だと避妊手術にお金がかかるので、
仕方なく、次にかわいい男の子にしました。

茶色で柴犬のような雑種です。それはそれは、かわいいんですよ。
大きくなっても、柴犬と同じくらいですが、色が少し変わってきました。

身体のデザインや大きさは、柴犬。カラーリングは、シェパードです。
顔は、いまでも非常にかわいい。
見つめられると、つい“ムギュ!”としたくなります。

が、ムギュと抱かせてくれません。
抱かれることを非常にイヤがります。
かわいくな〜い。ケッ!

でも、顔を近づけると、デロデロに舐めまくってくれます。
うれしいような、汚いような。

最初は舐めさせていたのですが、外で飼っている犬は、
どんな病気があるかわかりませんので、
手だけ舐めさせるようにしました。

でも、スキがあれば、顔めがけて飛びかかってきます。
身体をなでていると、いつも狙っています。こちらも警戒体制です。

私は、犬が大好きなので、かわいくて仕方ありません。
どれくらい好きかというと、子どもの頃の話をしなければいけません。

3、4歳の頃、私の母が、私がいなくなったと探しまわり、
大騒ぎになりました。
かなり探したようです。結局、見つかったのは、犬小屋でした。
犬と一緒に寝ていたのです。それくらいの犬好きです。

何年かして、その犬が亡くなり、私は悲しくて仕方ありませんでした。

でも、アパート暮らしに変わって飼えない状況でも、
捨て犬を拾って来ては、空き地で飼っていました。

ある時、まだ小さかったその犬も、車にひかれて亡くなりました。

それでも懲りずに、生まれたばかりの小さな小さな犬を
拾って来てしまいました。
世話の仕方も知らないのに。でも、そのままにできなかったのです。

バカでした。ミルクのやり方もわからず、
とにかく布で温めていただけでした。
どんどん衰弱していき、最後には私の手の中で息を引き取りました。

その時、私は心に誓ったのです。もう二度と犬は飼わないと。
あんなに辛い思いはイヤです。

ところが、あれから30年ほど経った今。
翔馬と嫁はんが、犬を飼いたいと言い出したのです。

私は反対しました。世話が大変だし、長い旅行も行けなくなるし。
それに、いつかは……。

私もせっかく田舎に来て、犬を飼うことができるんだから、
そうしたい思いはあります。でもね。

結局、二人に押し切られ、コロンがやって来たのです。

かわいいです。でも、ちょいとイカれています。
興奮すると、我を忘れて、暴れるように走りまわります。

ストレスかな、とか思うのですが、
ちゃんと毎日40分くらいの散歩はさせているし、
軍手の引っ張り合い、などでも遊んであげています。

つまり、元々イカれているのでしょう。
おかしな行動が多いのです。とても面白いですけど。

【コロンのご紹介】

koron.jpg


仕事は、匂いを嗅ぐ、ひたすら嗅ぐこと。

趣味は、穴掘り。自分の頭がすっぽり入るくらいに掘っていきます。
一生懸命です。楽しそうです。

地面の軟らかいところだと、足を使わずに、鼻先だけで掘り進み、
まるでモグラです。
地面が盛り上がりながら、移動していくのです。
おかしすぎて、ゲラゲラ笑ってしまいます。

中津村近辺で、朝、犬の散歩中
一人で笑っている人がいたら、それは私です。

それと、木の枝をかじることも趣味です。
散歩中、枝を見つけては、そこに座り込んで、カジカジします。

皮を剥いだり、パキパキ折ったり。
小さく折れれば、それで納得するようです。

山の中なので、枝はたっぷりあります。よって、キリがありません。
無理やり引きずって帰ります。

コロンは、変なウンチングをすることがあります。
片足をあげるので、おし○こをするのかなぁ、と思ったら、
そのまま足をおろし、ウンチポーズに変えます。

なんや、それ!
最初から、そうしとけよ、です。よくあります。

たまに、片足をあげたまま、
ウンチをしていることがあります。変な犬です。

頭は悪くないんですよ。
ちゃんと“待て!”もできるし、“お座り!”もできます。
“お手!”もできます。すぐに憶えました。

だいたい食べ物がある時だけですが。やっぱりバカです。

そうそう、頭がいいために、
本人(本犬か)が損をしていることがあります。

私たちが外出から帰った時、コロンと目が合うと、
逃げて犬小屋に入ってしまうことがあります。

これは、何か悪いことをした証拠なんです。
どこかをかじったとか、穴を掘った時は、
悪いことをしたという意識があるようです。

誰も見ていないんだから、知らん顔をしていれば、
私たちにはわからないのに、
賢いがために、素直に出てしまうのです。

おかしいったら、ありゃしない。

そんな時は、私たちも、面白がって、
“あぁ〜、何かしたなぁ〜”と、指差します。

すると、怒られたと思うのか、
犬小屋からつらそうな顔で、そっと見ています。
それがまた、かわいい。

もっとかわいいのは、本当に怒った時です。
犬小屋に入り、目さえ合わせようとしません。

うつむきかげんで、小屋の壁を見て、じっと耐えています。
それが、なんともかわいすぎます。

その顔が見たいがために、怒るほどでもない時にも
怒ったフリをしてしまいます。
悪い親です。かわいそうに。

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2017年12月15日

中津村開拓日誌・第11号−2(2005年2月発行)

嫁はんと翔馬が大阪の実家からの帰り、
お迎えついでに私も行って、大阪で遊んで来ることがあります。

今回は、「新世界・ジャンジャン横丁」です。
大阪人なら誰もが知っている、危険地帯。

と言っても、最近は観光客も行くようになって、
それほど危険な感じはありません。

私は、若い頃ひとりでウロウロしていました。
兵庫県尼崎生まれの私は、
少々のことではビビらないよう育ってきました。
よって、楽しい場所だと思っています。

立ち飲み屋、串カツ屋、昭和初期のような食堂、
スマートボール場、ふる〜いパチンコ屋、棋場(正式名称知らず)、
いつの時代のものだという作品を上映している映画館、
ストリップ劇場、弓道場(潰れていました)……などなど、
タイムスリップしたような地域です。

ここへ三人で行きました。
二人は、モノ珍しさで、あっちをキョロキョロ、
こっちをキョロキョロ。面白そうです。

着いたのが昼どきだったので、
何か珍しいものを食べようと思っていたのですが、
私も知らないお店に目が止まりました。

「百均食堂」。
おかずを自分で取るタイプの一膳めし屋なのですが、
ほとんどのおかずが百円です。

時代ですね。これは面白そうだ、と入ってみました。
すごい数のおかずです。

翔馬は、こんな時、しつこいくらいに悩みます。
決断力がありません。
“はよ、せえよ”というくらい悩みます。でも、楽しそうです。

どれもこれも美味しそうなんですよ。翔馬の気持ちもわかります。
“残ったら食べたるから、取っとけよ”と言うと、
うれしそうに持って行きました。

●取ったおかずは……

私:温泉玉子(2個入)・鶏だんご・肉だんご
  ・鶏甘酢煮・肉じゃが・コロッケ・(とん汁+めし大)
嫁:だし巻玉子・若竹煮・鶏だんご・コロッケ・(みそ汁+めし中)
翔:から揚げ・鶏だんご・だし巻玉子・ぎょうざ・(めし中)

ここで、面白い現象がありました。
私が嫁はんに、「これ、あげよか?」と言ったら、
「取ってる!」と言われ、「翔馬は?」と言ったら、
目の前にありました。

気づきました?「鶏だんご」をみんなが取っていたのです。
やはり、家族ですね。
取る時確認していたら、別のおかずも楽しめたのに。笑いました。

翔馬は、いつになく黙って、むしゃむしゃ食べるのでした。
会話を楽しみましょ。ねぇ、翔馬さん。

お腹いっぱいになって、さて次は、スマートボールです。
知りませんか。ピンボールみたいに白い玉をはじき、
穴に入れ、縦、横、斜めに揃ったら、
玉が増えていくというゲームです。

私が子どもの頃、繁華街にありました。
パチンコ屋の隣とかに。
よくおやじに連れて行ってもらいました。
景品がもらえるんですよ。

そこで、翔馬がチャレンジ。
なんと、最初の100円で、出るわ、出るわ。
大きな景品に替えられるくらいに出ました。

「いまなら、あれに替えられるで」と教えたら、
「もう、ちょっと!」と言って続けました。
バカです。大バカです。結果は見えています。

やっぱりでした。すぐになくなってしまいました。
むちゃくちゃ悔しがりましたが、自業自得です。
その後は、ぜんぜんダメでした。だから、言ったのに。
悔しさを引きずりながら、ジャンジャン横丁へ。

入口に、人工物バリバリのジュース屋さんがあります。
オレンジやパイン、ミルクセーキ、冷コーヒ、
というメニューが貼ってあります。

110円で、これが美味しいんですよ。
ぜ〜ったい身体に悪いぞぉ〜、という感じです。
でも、やめられません。

ミルクセーキと冷コーヒを飲みました。やっぱり美味しい。

横丁をブラブラ見てまわりましたが、
時代の流れか、潰れているお店がたくさんありました。
淋しいです。

棋場を見ていると、“おじやん”が翔馬に声をかけてきたのですが、
歳のせいか、酔っ払っているのか、
何を言っているのかわかりません。
翔馬はキョトン。おじやんは、ニコニコ。

そして、次に何をしたか?

なんと、串カツを食べることにしたのです。

えええええええ〜〜〜〜〜、お腹いっぱいなんちゃうの?
そうです。でも、滅多に来ることができないのに、
ジャンジャン横丁で串カツを食べないなんて、
醤油をかけないゆで玉子のようなものです。
って、それは私だけの好みですが。

食べないと、一生後悔します。
また来ればいいだけですが。そこはそれ。どれ?
やっぱり、佐藤家ですし。

私は車で来ているので、お酒は飲めません。
三人がコーラで串カツです。変な家族。

翔馬が食べる、食べる、また食べる。
モノ珍しさもあって、“あれも食べたい、これも食べたい”と、
次から次へ。

さっき、めし食べたとこやん!です。
でも、美味しいです。これもやめられません。
大阪は、美味しい町です。

帰りに再度、スマートボールにアタック。ダメでした。

またまた、食べまくった大阪ツアーでした。

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2017年12月07日

中津村開拓日誌・第11号−1(2005年2月発行)

首をなが〜〜〜〜くして、お待ちいただいたみなさん。すみません。
前回から2年ほど開いてしまいました。

発行が遅れるほど、ネタが溜まってしまい、
そのために時間がかかるので、また書けない、という状態でした。
意を決して書くことにします。

この2年の間に、とても悲しい出来事がありました。
庭の「梨の木」と「りんごの木」が枯れてしまったのです。

梨は、台風の強い風に当たった後、
葉っぱが真っ黒になってしまい、そのまま枯れました。
ぐやじい!1回しか実をつけませんでした。

りんごは、幹に虫が入り込み、中を喰い荒して、
栄養が行かないようにしてしまいました。

くそ〜〜!種から育てて、8年くらい経っていたのに。
あともう少しで、実をつけるというのに。
このぉ〜、虫野郎!

そんな悲し楽しい2年間。
さて、どんな事件があったのでしょう。はじまり、はじまりぃ〜。


またまた、当ててしまいました。嫁はんが。
八ヶ岳のコテージ宿泊券。
使い方自由の1泊2食付チケット4枚です。

私たち夫婦だけなら、2泊分として使えます。
でも、誰かがついて来ます。お留守番すればいいのに。

仕方なく、子ども分を追加して、2泊3日の旅に出ました。

これが、とぉ〜〜〜〜いの。和歌山から山梨ですから。
しかも、軽四自動車で行くんですよ。
勇気ある決断です。私はエラい!

往路はなんと、道の選択をミスして、
朝の大渋滞に巻き込まれてしまいました。

距離の短い方を選んだために、
私はとても恥ずかしい体験をすることに。

近畿自動車道です。
渋滞が多いことは知っていたのですが、
まさか、あれほどとは思いませんでした。甘かったぁ。

私はその時、我慢の限界を超えていました。
瓶は無いし、ビニール袋か?
それでは、車の中に匂いが……。そうです、「小」です。

翔馬や嫁はんがしゃべっていても耳に入ってきません。
汗たらたら。どこまで走っても、サービスエリアがありません。

もう、ダメです。
ほんの少し広い路肩に車を止め、道の端へと急ぎました。
ほぉ〜、間に合いました。

その時、私の耳には、ある音楽が流れて来ました。
映画タイタニックのあの曲です。

♪タァ〜、タァ〜、タァ〜、タァ〜、タタタタァ〜♪
思わず、両手を広げかけましたが、手を離すわけにはいきません。
おっと、下世話で失礼。
それくらいの解放感があったということです。

優しくとも、力強い音楽なんです。
別に、ゴーストの音楽でもいいんですけどね。
知ってます?
♪お〜〜、あ〜、あああああぁ〜、あぁ、あああああぁ〜、♪
(英語の歌詞を知らないだけ)

とにかく、助かりました。
しかし、私の横を途切れることなく、車が流れていくのでした。
めっちゃ、恥ずかしい。

バカな話は、これくらいにして、楽しいお話を。

1時間半余計に時間がかかり、
9時間後、八ヶ岳に到着しました。

さて、私は途中、何度トイレに立ち寄ったでしょう?

チチチチチ………。
忘れました。なんや、それ。
とにかく、たくさん寄ったので、
9時間もかかったのかもしれません。

さあ、遊ぶぞ〜!と言っても、
嫁はんご所望のケーキ屋さんに行かなければいけません。

車で探していると、まあ、なんてお洒落なお店の多いことでしょう。
さすが八ヶ岳、違うのぉ〜、ばあさんや。そうですねぇ、じいさんや。

ちょっと気恥ずかしい感じもしますが。お店が、ですよ。

止まっている車も高級車です。うちの車は、汚れた軽四。
へっ、バカにするんじゃねぇ。てやんでぇ、べらんめぇ。
こちとら、和歌山の山奥から来てんだよぉ。
なんか文句あっか!と、ひとりで卑屈な私です。
駐車場には、誰もいないのに。

で、お店に入ると、私は都会人を気取るのでした。
いやぁ〜、優雅なひとときでした。う〜む、セレブだ。

欲を言えば、“なんで、こんなもん、そんな値段すんねん。
ボロ儲けやないかい、えぇ〜。きったねぇのぉ。”と、
大阪の下町人間にならない値段にしてほしかった。
やはり、こんなお店は合わない。

それから、土産物屋さんやチーズ屋さんをまわって、
お泊りするコテージへと向かいました。

コテージと聞くと、「山小屋」のイメージがありますが、
個人が所有する別荘を空いている時に貸し出しているのです。
だから、普通の貸別荘です。

小ブリながら(と言っても、ハマチやいなだ、
わらさではありませんよ。念のため)、なかなかお洒落な建物でした。

朝食は、事務所施設内でバイキング料理。
夕食は、同じ施設でのバイキングか、
ケータリング(出前)の「しゃぶしゃぶ」「すき焼き」から選べます。

1泊目の夕食は、バイキングに。
2泊目は「しゃぶしゃぶ」にしました。

このバイキングが何を意味するのか。
私たち家族をよく知っている方ならわかります。


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夜のバイキングは、かなりの種類で、大変なことになります。
寿司やステーキ、海鮮焼物もあります。

ご存じ、食べすぎです。
お腹に“ピリッ、ピリピリッ”と、裂け目ができるような感じです。

まあ、後は寝るだけだからいいか、と思うのですが、
次の日にも影響します。

悪いことに、朝食もバイキング。
やめればいいのに、つい食べてしまいます。浅ましい。
動くのが、イヤになるほどです。

問題は、昼食にあります。食べられません。
いろんなお店があるのに、入る気になりません。
旅先でのバイキングは控えましょう。

八ヶ岳というところには、牧場がたくさんあり、
牛乳やソフトクリーム、チーズなどが、あらゆるお店で食べられます。
(牛乳は飲むものだよ、と細かい突っ込みはやめて。)

やはり、試さないわけにはいきません。
あっちでゴクゴク、こっちでペロペロ、そっちでハニハニ。

いやぁ〜、美味しいですぅ〜。
私は、美味しい牛乳を探し求める「さすらいの牛乳探検隊」の
隊長(隊員は私ひとりですが)ですから、
あっちこっちの牛乳を飲みまくり、お腹たぷたぷです。

どこかに旅行に行っては、牛乳を探しています。
でも、いまだ私の中の「本物」には出逢えていません。

このように、つねにお腹いっぱいなので、お昼が食べられないのです。

やはり、今回も食べ物の話ばかりか?
いえいえ、そんなことはありません。

翔馬が電気機関車に初めて乗りましたし、
木のおもちゃ屋さんにも行きましたし、
牧場で翔馬の友だちそっくりな馬も見ました。

牛の乳しぼりも初体験。
“私ならできる”と思っていましたが、結構難しいもんですね。
なかなかできません。

信州そばも食べましたよ。有名なケーキ屋さんにも行きました。
(やっぱり食べ物か)

地元のスーパーも行きました。
知らない土地のスーパーって、面白いんですよ。
その地域の暮らしが見えるようで。
珍しいものもあったりして、発見が多いですし。

結局、あれこれお店まわりが多かった、ということです。
感想としては、地域全体が
“おっしゃれぇ〜”というところでしょうか。

感心したのは、レストランや喫茶店が、
「犬の入店OK」ということでした。
さすが住んでいるのが、セレブなだけのことはあります。
違うやね。

そんなこんなの八ヶ岳紀行でした。
帰りは、7時間半。でも、あまり疲れませんでした。
これなら、また行ってもいいなぁ、と思います。

次は、東北か?
まだまだ若い。(つもり)

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2017年11月29日

中津村開拓日誌・第10号−2(2003年2月発行)

1月1日。私は朝6時過ぎに目覚めました。

きのうの夜は遅かったし、もう少し寝ようかなあ、
とも思ったのですが、突然“初日の出を見に行くのだ”
と神の啓示があったのです。

私は宗教を信じません。私が神なのだから。
何を言うとんのじゃ。

二人を起こし、出かけることに。

家から見える「犬ヶ丈」と言う山に登ってみることにしました。
車ですが。

確か車で登れるということを聞いたことがあります。
村の地図を見たのですが、古い地図なので、
新しくできた道が載っておらず、わかりずらい。

とりあえず行ってみることに。
私の勘を頼りに行ってみると、あれ〜、おかしいぞ〜、
この道だと家に戻ってしまうぞ〜。一からやり直しです。

途中、山の中で、車の前を横切る灰色の動物が。
イタチかと思ったら、なんとリスだったのです。

こんなにデカいものか。田舎に来て6年。
リスを初めて見たのでした。
山の中に住んでいるのに、家のまわりでは見たことが無かったのです。
ちょっと感動。道を間違えて良かった。負け惜しみです。

今度は、最初に嫁はんが「ここ左とちゃうの」と言っていた方へ。

すぐに怪しい道がありました。
舗装はされていないけれど、軽四なら楽に通ることができる道です。
ものすごく凸凹なところがあり、ほんとにこの道かと思うほどです。
でも、正解でした。けっ!

頂上に着く前に太陽は出て来ましたが、
車の中から日の出を見ることはできました。

頂上に着いてからも、美しい山並みの間にある日の出を
目の高さより低い位置で見ることができました。

こんなに美しい日の出を見ることができるのに、
人の姿がありません。
もったいないなぁ。田舎とはそういうものかもしれませんが。

家に帰って外を見ると、まだ太陽は出ていません。
私たちは、二度、初日の出を見たのでした。

私は根性がねじれていますので、
“太陽なんか毎日出とるやんけ、何がおもろいねん”
と言っていましたから、見に行ったことが無かったのです。

翔馬が以前から見に行きたいと言っていたので、
うかつにも親心を出してしまったのです。

初日の出も結構いいじゃん、と横浜弁で思いました。

しかし、翔馬はじじくさいやつだ。
でも私は、心の奥底で“太陽は毎日出ている”と思っているのでした。


shoumaru.jpg

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2017年11月20日

中津村開拓日誌・第10号−1(2003年2月発行)

先日の超寒波により、
朝起きたら、家のまわりはまっしろしろすけでした。

道路にも雪が積もっていて、歩いてみるとつるんつるん。
これほどまでに凍ったのは初めてです。
おもわずスケートをする私でした。

こんな日にも翔馬は学校です。
休校だという電話もないし、村内放送もかかりません。

いつもなら嫁はんが車で送っていくのですが、さすがに今日はムリ。
そこで私が送ることに。

しかし、いくら私が無謀運転者だからといっても、この道路は恐い。
歩いて行かそうかとも思ったのですが、この道路では歩くのも大変。

集団登下校の待ち合わせの時間もあるので、
なんとか私ががんばることに。

その前に、車を被っている雪を払わなければいけません。
前と後、横を見えるようにするには、
やかんで二杯のお湯が必要でした。

やっと、出発です。
そろりそろりと20キロ。途中坂があるので、ローギアでとろとろ。
どうにか送って行きました。

あ〜こわ!温かい地方でも、山の中ではこんなこともあるのです。
田舎じゃ〜。

さて、第十回の始まりです。
遅いペースながら、もう十回なんですね。
随分田舎にも慣れた感じです。

すっかり田舎者。ほら、田舎の匂いがするでしょ。
では、田舎のお話です。


昨年11月3日。和歌山県有田市で行なわれた
「有田・太刀魚祭」というものに行ってきました。

有田は太刀魚の産地として知られ、
それをテーマにしたお祭が毎年開かれています。

お祭と言っても、盆踊りのようなものはなく、
「食の祭典」といった感じです。

太刀魚を使ったものやその他の魚介類を中心に、
地元の産品、テキヤの屋台も出て、大した規模です。

音楽関係のイベントも小さな場所でやっていましたが、
あまり人はいませんでした。
食べ物には勝てません。

フリーマーケットもありましたが、
そちらは結構人が集まっていました。
私の見る限りでは、高かったのですが。
フリマで儲けようとするんじゃない。

さて、私たち3人の使命は、食べることです。
そのために朝早く起きて、車で50分ほどかけてやって来たのです。

到着した時には、会場入口付近で車が渋滞。みんな早い。
広い河原が会場なので駐車スペースは大きいのですが、
もうすでにいっぱい。なかなか入れませんでした。

さあ、食うぞ。まずは、「すり身野焼 500円」のところへ。
形状は、手で形を整えた、平べったい棒のよう。
たこ、かに、えびなどの具がそれぞれ入っています。

私たちは、たこを買いました。
ぬくぬくで美味しそうです。

まず私がパクリ。
う〜む、たこのコリコリとした食感と独特の味わい、
濃厚なすり身の風味、口のまわりにベトベトとからみつく油っぽさ。
これは美味い!
ド下町で育った私には、この油っぽさがたまらない。

続いて、嫁はんがパク。うん、美味しい!
そして翔馬。美味しい!
また、私。

そこで私が「翔馬、まだいる?」。
翔馬「いるわ、あたりまえじゃ!」。

なんて、贅沢なやつだ。わがままにもほどがある。
そんな子を生んだ覚えはないわよ。そりゃそうだ。

さて次は、「太刀魚の天ぷら 300円」。
これは前回食べたことがあり、美味しいことはわかっていました。

大阪にいる時には、こんなものを食べたことはなかったのですが、
ここで初めて食べてその味を知ったのでした。

こんなに美味しい魚の天ぷらがあるのか。
ああ、なんと私は♪愚かな者よ♪。

ここで、ショーケンの歌を歌ってしまう。
マッチの方がよく知られているかな。
何を書いているんだ?

そう、40年以上も生きて来たのに、これまでなぜ食べなかったのか。
私はこれでいいのか、こんなことで。
私の人生は……。
そんな大袈裟ではありませんが、それほど美味しかったのです。ハイ。

次に、「大海鍋 200円」。
千人鍋とでも言えるような大きな鍋に、
太刀魚のすり身だんごや野菜がたっぷり入っているのです。

1つ頼んで、3人で食します。
白っぽいのとやや黒っぽいすり身だんごが2個入っています。

3人で2個。これは問題です。
どうやって分けるのか。

200円なら、3つ買ってもいいじゃないかと思うでしょうが、
この祭では、まだまだ食べるものがあるので、
お腹を大きくするわけにはいかないのです。

私がだんごを半かじり、嫁はんが半かじり。
翔馬には半かじりが2個あります。つまり、1個。

まず半分を食べて、私に渡そうとするので、
「いいよ、食べな。」と父親としての誇りを胸に、
大きな愛を与えたのでした。

そこで翔馬「え、ええの。ぼくはいいで。」と、なんと優しい言葉。

私たち3人は、愛で結ばれていることを確信しました。

結局、翔馬が食べたのですが、
私はこの悔しさをどこにぶつければいいのでしょうか。

この光景に、微笑ましいと感じた人もいれば、
なんてしみったれた家族だと思った人もいるでしょう。
ご意見お待ちしています。

変わった屋台としては、
「ケーキ300円・シュークリーム100円」というのがありました。

嫁はんは、すごくケーキが好きなのです。
私が「買うたろか」と言うと、
「いいよ、もったいないから」と返って来ました。

この言葉の裏には、『ケーキ美味しそうやな。食べたいな。
これぐらい買うたれよ。あ〜あ、貧乏なんかいやや』
という思いがあります。

私にはその声がコンマ何秒かで聞こえて来たのです。
私は嫁はんにお金を渡しました。
にこにこ、へらへら、美味しそうに食べていました。

その隣には、タイカレー、ビーフシチュー、
ピザなんかの屋台もありました。
これらは、今回はパス。
こんなところで食べても仕方がないと思ったのです。

次に食べたのは、「カレー&ナン 200円」。
私はどうでもいいと思ったのですが、
翔馬が食べたいと言うのです。

家ではたまに作るのですが、
翔馬は外で食べたことがないのです。

やっぱ辛いです。
でも、翔馬は美味しいと言って食べていました。
私より辛いものに強いのです。
辛いもの好きは、バカになるぞ。もう、なっているか。

またまた翔馬がわがままを言うのです。
「ちぢみ、食べたい」。

小麦粉と卵に、肉や魚、野菜を入れて、薄く焼いた韓国の料理です。

私と嫁はんは、大阪の鶴橋と言うところで
食べたことはあるのですが、翔馬はありません。
以前テレビで見ていて、食べたいと言っていたのです。

まさかこんなところにあるなんて。仕方なく買いました。
かなり気に入ったようです。

いつもなら、私たちにも渡すのですが、何も言ってくれません。
私から、「私の分はありますでしょうか」と聞いたくらいです。

今度は、「太刀魚のからあげ 200円」。
こちらは、天ぷらほどではないものの、なかなかの味わい。
外はサクッと、中はふんわり。太刀魚は美味しい魚ですね。


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2017年11月09日

中津村開拓日誌・第9号−1−2(2002年8月発行)

次に目指すは層雲峡。
大きい滝が2つあるのと、
ロープウヱイで登った景色が奇麗なことくらいの観光地です。

滝は“ふ〜ん”。山の上は霧で何も見えませんでした。
見えないのに、高い金を取るな。
半額にするくらいのサービスができないものかねえ。

この日の宿は、ちょっと高級っぽいホテルです。

食事もそれなりに手が込んでいます。美味い。

ここで私たちは、三大ガニを別注文していました。
ズワイガニ、毛ガニ、タラバガニです。

これが美味い。特にタラバ。
でっかい身を口いっぱいにほおばると、
甘さが“じゅんわぁ〜”と広がり、
私は幸せを口で感じるのでした。

幸せいっぱい、胸いっぱい、お腹いっぱいで、
後は温泉に入って寝るだけです。

私は、温泉のある旅館やホテルに行くと、最低3回は入ります。

着いてしばらくしてから1回目。寝る前にさっぱりと。
朝起きてから目覚ましに。
多い時は「夕食後に入る」が加わり、4回となります。

本当に温泉はいい。じいさんみたいですか?
寝る前の温泉から出て、ビールを飲んで、
おやすみなさいとなります。
ここは、露天風呂がなかなか良い。

そして次の日、“あ〜あ〜あああああ〜あ〜”の地へと向かいます。

朝からあの歌が頭から離れません。
富良野です。五郎さんは元気だろうか。
純や蛍は?何を言っているのでしょう。

おばさんツアーのような恥ずかしさを感じながらも、
北の国からの舞台となった風景や家を見て来ました。

田舎に住んでいる今、それほどの感動はありませんでした。
都会にいる時にここへ来ていたら、
北海道への憧れはもっと強くなっていたかもしれません。

今顔をあげると、窓の外は緑いっぱいですし、
家の裏には日高川もあります。
空知川とさほど変わりありません。

しかし、その他の風景では、北の大地にはかないません。
やはりスケールが違います。

パッチワークの丘も見ました。ラベンダー畑も。
これが人の手によって作られたとはすごいことです。
よくこんな広大な土地を開拓したものだと感心します。
美しい風景をいつまでも守って欲しいものです。

この日のホテルは、×でした。
人がたくさん来るところは努力をしません。

翔馬も怒っていました。スクランブルエッグが固い!と。

最終日はゆっくり出来ず、空港へと早足でした。車ですが。

旅とは関係無いのですが、
私はスピードの出る車に乗ってはいけないことを知りました。

レンタカーは普通車で、うちの車は軽です。
普段は高速でも100キロくらいでしか走りませんが、
このレンタカーだと、振動も無く静かですので、
ついついアクセルを踏んでしまいます。

もともと車に乗ると性格が変わるのに、
早い車だととんでもないことになります。
130キロは簡単に超えてしまうのです。

嫁はんは前々から私に早い車は乗せられないと言っていましたが、
やっと本人もそのことがわかりました。軽で良かった。

kuruma.jpg


3泊4日の短い旅でしたが、楽しかったです。
天気は悪かったのですが、広大な土地を堪能しました。

また機会があれば、別のルートで旅したいと思います。

あ〜あ〜……。

もうええ!

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2017年11月02日

中津村開拓日誌・第9号−1−1(2002年8月発行)

行って来ました、北海道。

降り立った女満別空港から見た風景は、まさにテレビで見た通り。
ここは日本か?と思えるような感動のシーンでした。
ちょっと天気が悪かったので残念でしたが。

なぜ、貧乏な私たちが北海道に行けるか。
そうです、親頼みです。
私のおかんが「行きたい」と熱望するので、
連れて行ってあげることにしたのです。

すみません。連れて行ってもらったのは、私たちです。
ありがとう、お母様。

「レンタカープラン」というパッケージ旅行があり、
乗り捨てレンタカー+選べるホテル+航空券が
セットになったもので行きました。

3泊4日。自分たちのペースで、
好きな場所を見てまわることができます。

団体ツアーでぞろぞろと行くなど、私には絶対に出来ません。
団体行動の出来る性格ではありませんから。
自分勝手と世間では言うのかもしれませんが。

北海道は、牧場や農場が見渡す限りに広がり、
建物もそれらしいので、他の土地とは違うなあ、
ということを実感します。

第一の目的地「阿寒湖」へ向かう道では、
“あっ、牛や!”“馬やで!”“羊もいてるやん!”と感動の連続です。

が……、たくさん見ていると俗物の私たちは、
「もうええ」と飽きてしまうのでした。

いかんいかん。翔馬など、見向きもしなくなりました。
こんな情けない人間になってしまったとは、自分が恥かしくなります。
「心」を取り戻さなくては。おっと、真面目になり過ぎた。

阿寒湖のほとりには、
私が楽しみにしていた「アイヌコタン」があります。

大地とともに生き、自然を愛し、
昔ながらの風習を大切にしているアイヌの人たち。

私の憧れ。行ってみたかった。
コロポックルの人形を買おうか。ニポポを買おうか。

現地に着いた私は、大・失・望。
おろおろと力が抜けて行き、悲しみの涙は、
風大左エ門(いなかっぺ大将)のごとく、
ドボちて、ドボちてと振り子になっているのでした。

やがてその顔は、眉がつり上がり、
桃太郎侍の般若面へと変身していました。
“ひとお〜つ”。

そこはお土産物屋さんの集まりだったのです。
アイヌの暮らしぶりなど何も伝わって来ないのです。

何がアイヌコタンだ。
有名な観光地だからって、手を抜くな。

どうにか気を落ち着かせ、とりあえずお土産を漁りました。

ところが、コロポックルやニポポは、めっちゃ高い。
技術がいるのはわかるけど、あくどいのではないか。

きつねのキーホルダーやストラップなど、
空港にでも売っているくだらない土産は安いのですが、
そんなものを売るな!と言いたい。

アイヌコタンだろ!
ますますこの地が嫌いになりました。
もう、二度と行ってやらんけのお。どこの人間だ?

その日は移動で疲れていたので、
早めに宿泊地である「川湯温泉」へと向かいました。

夕食の前に温泉に浸かることを忘れてはいけません。
早速入りました。

そこには、私の大好きな露天風呂は無いのですが、
歴史を感じさせるような、古びてはいるが、
風情の残る2階建ての施設がありました。

入口を入るとそこが2階部分で、
「真湯(しんゆ)」という温泉成分の無い浴槽がありました。

なぜ温泉ではないのかというと、
下の階の浴槽がすべて温泉で、酸性の強いお湯であるため、
出る時には、真湯に入って酸性を和らげる必要があるからです。

温泉の横には、「飲泉(いんせん)」というものがあり、
コップを置いています。
少し温泉に詳しい私です。

それを飲んでみたら……“うんげぇ”となりました。
何も考えずにゴクリッと多めに飲んだのが間違いでした。

酸性なので、“梅干し食べてスッパマン”だったのです。
これはすごい。優しい私は、翔馬にも奨めました。
彼は“おんぐぇ”でした。いや〜、面白い。

温泉から出て、ゆったりとほげぇとしていたら、
まもなく夕食となりました。
どうも私は擬態語が多い。文才が無いのでしょうか。

仲居さんによる準備が始まり、
4人一同が「おおお…」と心の中で小さな驚きの声を発しました。

テーブルが片付けられ、
ひとりひとりにお殿様膳が用意されたのでした。
しかも、でかい。

あれやこれやとたくさんの料理が並びました。

高級旅館や粋を心得た旅館では、こんな下品な食事は出しません。
「仕事」をしている料理を少しずつ供するものです。

しかし、私は好きだ。がんばっているじゃないか。
さびれた温泉地で、できる限りのもてなしをしようと努力している。
その意気込みをかいたい。

おかんと嫁はんは、まったく食べきれず。
翔馬はほとんどを腹に収め。
私は残ったものまで口に運び、すんげえ満腹。
それでも少し残してしまいました。
あ〜もったいない。もう少し少なくてもいい、とは思います。

寝る前に、もう一度温泉に入って、旅の1日目が終りました。

次の日、北海道に来たからには、360°の風景を見たいと思い、
多和平という展望台のようなところへ。

3泊4日のうち、その時だけ空は晴れ渡り、
感動の景色を堪能することが出来ました。

地平線、山並み、農場、牧場、馬や羊、
牛などののどかな風景は、
私たち4人を優しく包み込んでくれました。
これが北海道。北の大地の温かさなのです。

さあ、次行こか!

そうそう忘れていました。1日目の昼飯の出来事を。

たいした店が無かったので、適当な食堂へ入ったのですが、
翔馬の注文がちょっとおかしいので、書いておきます。

大人3人は、小さな丼と麺類がセットになった、
よくあるメニューを注文したのですが、翔馬は違います。

ミニ天丼のセット(みそ汁と小鉢、漬物付)と
ミニ鉄火丼のセット(同じく)を注文したのです。

kome.jpg


丼物を2つ頼むやつは珍しい。

確かにミニかもしれないが、普通の丼の3分の2くらいはあります。
8歳のガキがどれだけ食うつもりだ。

この人は、米好きです。
うまそうに食べていました。すごい。

posted by 遊酔 at 08:48| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

中津村開拓日誌・第8号−3(2001年11月発行)

5月、村のあちこちの畑でイチゴがまっかに実っています。

うちのイチゴも小さいながら、けっこう実をつけています。
あまり甘くありませんが。

今年はどうしたわけか、
イチゴがものすごくたくさんやって来ました。

翔馬の友だちのお宅から、
市販のパックでいうと4パックほどいただきました。

それがなくならないうちに、ご近所から3パックほど。

続けて、「イチゴジャム作る?」と聞かれ「作ります!」と言うと、
魚を入れるようなスチロール箱で1つ。
これは5パックぐらいになります。

また別のところからも1パックがやって来ました。

そのまま食べても甘くて美味しいのですが、
なにしろ量がすごいので、嫁はんが加工することに。

イチゴタルトにフローズンヨーグルト、
イチゴジャムを作り、毎日毎日ムシャムシャと。

とどめは、近くの農家の方から、
「イチゴを採りにおいで」とのお誘いが。

親子3人+お隣りさんで行ってみると、
そこにはすっげえ大きなイチゴが……。

まっかっかっかサルのケツ、じゃなくてイチゴが美味しそうに。

私たちは遠慮もなくちょっと大きな竹のザルを持っていきましたが、
そこにいっぱい採らせていただきました。

採りながらも、大きくつやつやしたイチゴをパクパクしていましたが、
これが甘いのなんの。

ichigo.jpg



食べ放題、採り放題です。しかもタダ。
ちょっといやらしいですね。
でもタダはウマいのです。

私たちの採ったものを見てその畑の主は、
「もっと採っていきや」とまで言ってくれました。

ありがたいことです。都会ではあり得ないことです。
田舎はすばらしい。やはり食い物に弱い私でした。

ちなみに、たけのこもオンパレードするほどやって来ました。

たけのこごはんに、煮物、天ぷら、和え物……。
京都で食べたら、何万円とられるかわかりません。
やっぱり田舎はいい。

これは余談ですが、小学校の1年か2年の頃、
学校の前の畑でイチゴをめいっぱい食べた記憶があります。
口のまわりをまっかにして。

もう時効ですが、畑の持ち主さん、ごめんなさい。
そうです。無断で食べたのでした。
良い子は、マネしてはいけません。

posted by 遊酔 at 10:34| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

中津村開拓日誌・第8号−2(2001年11月発行)

東京ディズニーシー&ディズニーランドに行って来ました。

もちろん、自分たちのお金で行ったわけではありません。
嫁はんのご両親が出してくれたのです。

うそ〜、なんで?と思われるでしょうが、
そういう羨ましい話もあるのです。

事の発端は、みなさんもご存知でしょうが、
山崎パンのポイントシールを集めるとペアチケットが当たる懸賞です。

なんと、嫁はんが当ててしまったのです。
すごい!

が……行くお金はどうするんだ?
うちには、そんなお金絶対にありません。

その話をご両親にしたところ、
「出してあげるから行っておいで」となったのです。

私たちも“うそ〜、なんで?”となったのです。

正直なところ情けないような、
申し訳ないような気もするのですが、私は素直です。
ありがたくそうさせていただくことに。

でも、出していただいたお金で豪遊するのも申し訳ないので、
超節約旅行をすることに。

行くからには、新しくオープンしたディズニーシーと
ランドどちらにも行きたいので、往復夜行バスにし、
むこうで安ホテルに2泊。
これで安く行くことができます。

ちょっとハードな旅行ですが、バスは安いですからね。

それに、ホテルはなんと1泊4.300円!
ビジネスホテルを超えた。しかも朝食付。
これはすごい。

だからといって、汚くて狭くて古いなんてことはありませんでした。
大きな普通のビジネスホテルです。

朝食だってバイキングなのです。
私は朝食バイキングの大ファンです。
昼や夜はイヤなのですが、朝はバイキングに限ります。

食べるのはハンパな量ではありません。
お皿が山のように盛り上がり、小鉢もずら〜っと。

しかも、山盛りのお皿は、2回3回と続くのです。
自分でもビックリです。

普段の私は、朝はコーヒーのみ。
何も食べる気がしないのです。

環境が変わると人も変わるようです。
あまり人に自慢できるようなことでもないですが。

品がないですよね。
嫁はんもいっしょにいて恥ずかしいそうです。

質素でありながら、
厳選された素材を職人の技で調理したものを、少量いただく。
これぞ、朝食の美しき姿だと思っている私ですが、
からだが欲するのです。
「育ち」には勝てません。

話が横道しましたが、
シー&ランドには朝から夜までいて、からだはボロボロでした。

しかし、しんどくても行く価値はありました。

シーは、ランドのようなディズニーらしさはありませんが、
乗り物がすごく面白いのです、怖くて。

ジェットコースターの苦手な私ですが、
嫁とあちらこちら遊びに行き、ムリやり乗らされ、
だんだん慣れてきていたので、少し面白くなってきたのです。
とんでもなく怖いものもありますが。

でも、どちらかというと私はランドの方が好きですね。
ディズニーらしいですから。

mickey.jpg



まったく田舎暮らしには関係のない話でした。
すみません。

遊園地が近くにないもので、ちょっと刺激を求めたのですよ。

白浜アドベンチャーワールドや岬公園というものはありますが、
高いわりに面白くない。

和歌山市にポルトヨーロッパというのもありますが、
ここも高いので行けません。

翔馬は遠足で行ったことがあります。
羨ましい。

だいたいどこも高いですよね。
安くしないから、人が来ない。
人が来ないから、つぶれる。あたりまえのことです。

たいしたこともないところに、
高いお金を払って今時誰が行くのですか。

本来私は、メリーゴーラウンドや観覧車、
汽車ポッポといった昔の乗り物がある遊園地が好きなのです。

楽しい笑い声や子供が親を呼ぶ声、
お弁当をひろげる風景、静かな音楽…
そんな遊園地は、なかなかありません。

神戸の王子動物園は、好きな場所のひとつです。

市が運営しているので、予算のせいか古い乗り物しかありません。
それがいいのです。

もっとも民間では、赤字になって経営はムリでしょうが…。

話がどんどん枝わかれしていきそうなので、このあたりでストップ。

posted by 遊酔 at 10:14| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

中津村開拓日誌・第8号−1(2001年11月発行)

パンパカパ〜ン!
梨の木に、実が成りました!。

苦節40年……いやいや木を植えてまだ4年しか経っていません。

花を咲かせたことは前回お知らせしましたが、
本当に実が成ったのです。

10個。少しずつ少しずつ大きくなっていきます。

このまま育つだろうか、動物に捕られないだろうか、
通りがかりの人が盗まないだろうか、
嫁はんが黙って食べないだろうかと心配で心配で。

見守っている間に、なぜか実を落としたものが2個。
落ちて腐っていました。

風のしわざか、翔馬のしわざか。

その後なかなか大きくならないので、
これで終りかと思い、1個味見をしてみました。

やや甘いけれど、もう少し置いておくことに。

残りは7個。
ある日、食べかけたあとのある1個が地面に。
どうやらカラスのようです。

このぉ〜どろぼう猫め、
いや、カラス野郎、いや、メスかもしれない。
ん〜、どっちでもいい。
バカガラス!

そして1個は行方不明。
お〜い、どこへ行ったんだ。
お母さんの元へ帰っておいで! 私は、お父さんだ。

これぞ「なし」のつぶて、てか 。
あ〜はっはっは。

面白くなければ笑わなくて結構。

残りは5個となりました。

結局大きくなりませんでしたが、甘さはまあまあです。

1個をお隣さんにおすそわけしたら、
初物だからとお仏壇に供えられました。

そんなにしていただかなくてもいいですのに。
見た目も悪いし、恐縮です。

来年は、大きな実をつけるんだよ。

そうそう、実が成った後で知ったのですが、
梨は自分の花粉では受粉しないそうですね。

別の木を近くに植えて、
その花粉を人工で梨の木に受粉させるのです。

うちの木が実ったのは、田舎で虫が多く、
たまたま花粉を運んで来ただけのようです。

自然はすごいですね。
来年までに別の木を植えようと思います。

posted by 遊酔 at 10:20| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする