2017年11月20日

中津村開拓日誌・第10号−1(2003年2月発行)

先日の超寒波により、
朝起きたら、家のまわりはまっしろしろすけでした。

道路にも雪が積もっていて、歩いてみるとつるんつるん。
これほどまでに凍ったのは初めてです。
おもわずスケートをする私でした。

こんな日にも翔馬は学校です。
休校だという電話もないし、村内放送もかかりません。

いつもなら嫁はんが車で送っていくのですが、さすがに今日はムリ。
そこで私が送ることに。

しかし、いくら私が無謀運転者だからといっても、この道路は恐い。
歩いて行かそうかとも思ったのですが、この道路では歩くのも大変。

集団登下校の待ち合わせの時間もあるので、
なんとか私ががんばることに。

その前に、車を被っている雪を払わなければいけません。
前と後、横を見えるようにするには、
やかんで二杯のお湯が必要でした。

やっと、出発です。
そろりそろりと20キロ。途中坂があるので、ローギアでとろとろ。
どうにか送って行きました。

あ〜こわ!温かい地方でも、山の中ではこんなこともあるのです。
田舎じゃ〜。

さて、第十回の始まりです。
遅いペースながら、もう十回なんですね。
随分田舎にも慣れた感じです。

すっかり田舎者。ほら、田舎の匂いがするでしょ。
では、田舎のお話です。


昨年11月3日。和歌山県有田市で行なわれた
「有田・太刀魚祭」というものに行ってきました。

有田は太刀魚の産地として知られ、
それをテーマにしたお祭が毎年開かれています。

お祭と言っても、盆踊りのようなものはなく、
「食の祭典」といった感じです。

太刀魚を使ったものやその他の魚介類を中心に、
地元の産品、テキヤの屋台も出て、大した規模です。

音楽関係のイベントも小さな場所でやっていましたが、
あまり人はいませんでした。
食べ物には勝てません。

フリーマーケットもありましたが、
そちらは結構人が集まっていました。
私の見る限りでは、高かったのですが。
フリマで儲けようとするんじゃない。

さて、私たち3人の使命は、食べることです。
そのために朝早く起きて、車で50分ほどかけてやって来たのです。

到着した時には、会場入口付近で車が渋滞。みんな早い。
広い河原が会場なので駐車スペースは大きいのですが、
もうすでにいっぱい。なかなか入れませんでした。

さあ、食うぞ。まずは、「すり身野焼 500円」のところへ。
形状は、手で形を整えた、平べったい棒のよう。
たこ、かに、えびなどの具がそれぞれ入っています。

私たちは、たこを買いました。
ぬくぬくで美味しそうです。

まず私がパクリ。
う〜む、たこのコリコリとした食感と独特の味わい、
濃厚なすり身の風味、口のまわりにベトベトとからみつく油っぽさ。
これは美味い!
ド下町で育った私には、この油っぽさがたまらない。

続いて、嫁はんがパク。うん、美味しい!
そして翔馬。美味しい!
また、私。

そこで私が「翔馬、まだいる?」。
翔馬「いるわ、あたりまえじゃ!」。

なんて、贅沢なやつだ。わがままにもほどがある。
そんな子を生んだ覚えはないわよ。そりゃそうだ。

さて次は、「太刀魚の天ぷら 300円」。
これは前回食べたことがあり、美味しいことはわかっていました。

大阪にいる時には、こんなものを食べたことはなかったのですが、
ここで初めて食べてその味を知ったのでした。

こんなに美味しい魚の天ぷらがあるのか。
ああ、なんと私は♪愚かな者よ♪。

ここで、ショーケンの歌を歌ってしまう。
マッチの方がよく知られているかな。
何を書いているんだ?

そう、40年以上も生きて来たのに、これまでなぜ食べなかったのか。
私はこれでいいのか、こんなことで。
私の人生は……。
そんな大袈裟ではありませんが、それほど美味しかったのです。ハイ。

次に、「大海鍋 200円」。
千人鍋とでも言えるような大きな鍋に、
太刀魚のすり身だんごや野菜がたっぷり入っているのです。

1つ頼んで、3人で食します。
白っぽいのとやや黒っぽいすり身だんごが2個入っています。

3人で2個。これは問題です。
どうやって分けるのか。

200円なら、3つ買ってもいいじゃないかと思うでしょうが、
この祭では、まだまだ食べるものがあるので、
お腹を大きくするわけにはいかないのです。

私がだんごを半かじり、嫁はんが半かじり。
翔馬には半かじりが2個あります。つまり、1個。

まず半分を食べて、私に渡そうとするので、
「いいよ、食べな。」と父親としての誇りを胸に、
大きな愛を与えたのでした。

そこで翔馬「え、ええの。ぼくはいいで。」と、なんと優しい言葉。

私たち3人は、愛で結ばれていることを確信しました。

結局、翔馬が食べたのですが、
私はこの悔しさをどこにぶつければいいのでしょうか。

この光景に、微笑ましいと感じた人もいれば、
なんてしみったれた家族だと思った人もいるでしょう。
ご意見お待ちしています。

変わった屋台としては、
「ケーキ300円・シュークリーム100円」というのがありました。

嫁はんは、すごくケーキが好きなのです。
私が「買うたろか」と言うと、
「いいよ、もったいないから」と返って来ました。

この言葉の裏には、『ケーキ美味しそうやな。食べたいな。
これぐらい買うたれよ。あ〜あ、貧乏なんかいやや』
という思いがあります。

私にはその声がコンマ何秒かで聞こえて来たのです。
私は嫁はんにお金を渡しました。
にこにこ、へらへら、美味しそうに食べていました。

その隣には、タイカレー、ビーフシチュー、
ピザなんかの屋台もありました。
これらは、今回はパス。
こんなところで食べても仕方がないと思ったのです。

次に食べたのは、「カレー&ナン 200円」。
私はどうでもいいと思ったのですが、
翔馬が食べたいと言うのです。

家ではたまに作るのですが、
翔馬は外で食べたことがないのです。

やっぱ辛いです。
でも、翔馬は美味しいと言って食べていました。
私より辛いものに強いのです。
辛いもの好きは、バカになるぞ。もう、なっているか。

またまた翔馬がわがままを言うのです。
「ちぢみ、食べたい」。

小麦粉と卵に、肉や魚、野菜を入れて、薄く焼いた韓国の料理です。

私と嫁はんは、大阪の鶴橋と言うところで
食べたことはあるのですが、翔馬はありません。
以前テレビで見ていて、食べたいと言っていたのです。

まさかこんなところにあるなんて。仕方なく買いました。
かなり気に入ったようです。

いつもなら、私たちにも渡すのですが、何も言ってくれません。
私から、「私の分はありますでしょうか」と聞いたくらいです。

今度は、「太刀魚のからあげ 200円」。
こちらは、天ぷらほどではないものの、なかなかの味わい。
外はサクッと、中はふんわり。太刀魚は美味しい魚ですね。


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2017年11月09日

中津村開拓日誌・第9号−1−2(2002年8月発行)

次に目指すは層雲峡。
大きい滝が2つあるのと、
ロープウヱイで登った景色が奇麗なことくらいの観光地です。

滝は“ふ〜ん”。山の上は霧で何も見えませんでした。
見えないのに、高い金を取るな。
半額にするくらいのサービスができないものかねえ。

この日の宿は、ちょっと高級っぽいホテルです。

食事もそれなりに手が込んでいます。美味い。

ここで私たちは、三大ガニを別注文していました。
ズワイガニ、毛ガニ、タラバガニです。

これが美味い。特にタラバ。
でっかい身を口いっぱいにほおばると、
甘さが“じゅんわぁ〜”と広がり、
私は幸せを口で感じるのでした。

幸せいっぱい、胸いっぱい、お腹いっぱいで、
後は温泉に入って寝るだけです。

私は、温泉のある旅館やホテルに行くと、最低3回は入ります。

着いてしばらくしてから1回目。寝る前にさっぱりと。
朝起きてから目覚ましに。
多い時は「夕食後に入る」が加わり、4回となります。

本当に温泉はいい。じいさんみたいですか?
寝る前の温泉から出て、ビールを飲んで、
おやすみなさいとなります。
ここは、露天風呂がなかなか良い。

そして次の日、“あ〜あ〜あああああ〜あ〜”の地へと向かいます。

朝からあの歌が頭から離れません。
富良野です。五郎さんは元気だろうか。
純や蛍は?何を言っているのでしょう。

おばさんツアーのような恥ずかしさを感じながらも、
北の国からの舞台となった風景や家を見て来ました。

田舎に住んでいる今、それほどの感動はありませんでした。
都会にいる時にここへ来ていたら、
北海道への憧れはもっと強くなっていたかもしれません。

今顔をあげると、窓の外は緑いっぱいですし、
家の裏には日高川もあります。
空知川とさほど変わりありません。

しかし、その他の風景では、北の大地にはかないません。
やはりスケールが違います。

パッチワークの丘も見ました。ラベンダー畑も。
これが人の手によって作られたとはすごいことです。
よくこんな広大な土地を開拓したものだと感心します。
美しい風景をいつまでも守って欲しいものです。

この日のホテルは、×でした。
人がたくさん来るところは努力をしません。

翔馬も怒っていました。スクランブルエッグが固い!と。

最終日はゆっくり出来ず、空港へと早足でした。車ですが。

旅とは関係無いのですが、
私はスピードの出る車に乗ってはいけないことを知りました。

レンタカーは普通車で、うちの車は軽です。
普段は高速でも100キロくらいでしか走りませんが、
このレンタカーだと、振動も無く静かですので、
ついついアクセルを踏んでしまいます。

もともと車に乗ると性格が変わるのに、
早い車だととんでもないことになります。
130キロは簡単に超えてしまうのです。

嫁はんは前々から私に早い車は乗せられないと言っていましたが、
やっと本人もそのことがわかりました。軽で良かった。

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3泊4日の短い旅でしたが、楽しかったです。
天気は悪かったのですが、広大な土地を堪能しました。

また機会があれば、別のルートで旅したいと思います。

あ〜あ〜……。

もうええ!

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2017年11月02日

中津村開拓日誌・第9号−1−1(2002年8月発行)

行って来ました、北海道。

降り立った女満別空港から見た風景は、まさにテレビで見た通り。
ここは日本か?と思えるような感動のシーンでした。
ちょっと天気が悪かったので残念でしたが。

なぜ、貧乏な私たちが北海道に行けるか。
そうです、親頼みです。
私のおかんが「行きたい」と熱望するので、
連れて行ってあげることにしたのです。

すみません。連れて行ってもらったのは、私たちです。
ありがとう、お母様。

「レンタカープラン」というパッケージ旅行があり、
乗り捨てレンタカー+選べるホテル+航空券が
セットになったもので行きました。

3泊4日。自分たちのペースで、
好きな場所を見てまわることができます。

団体ツアーでぞろぞろと行くなど、私には絶対に出来ません。
団体行動の出来る性格ではありませんから。
自分勝手と世間では言うのかもしれませんが。

北海道は、牧場や農場が見渡す限りに広がり、
建物もそれらしいので、他の土地とは違うなあ、
ということを実感します。

第一の目的地「阿寒湖」へ向かう道では、
“あっ、牛や!”“馬やで!”“羊もいてるやん!”と感動の連続です。

が……、たくさん見ていると俗物の私たちは、
「もうええ」と飽きてしまうのでした。

いかんいかん。翔馬など、見向きもしなくなりました。
こんな情けない人間になってしまったとは、自分が恥かしくなります。
「心」を取り戻さなくては。おっと、真面目になり過ぎた。

阿寒湖のほとりには、
私が楽しみにしていた「アイヌコタン」があります。

大地とともに生き、自然を愛し、
昔ながらの風習を大切にしているアイヌの人たち。

私の憧れ。行ってみたかった。
コロポックルの人形を買おうか。ニポポを買おうか。

現地に着いた私は、大・失・望。
おろおろと力が抜けて行き、悲しみの涙は、
風大左エ門(いなかっぺ大将)のごとく、
ドボちて、ドボちてと振り子になっているのでした。

やがてその顔は、眉がつり上がり、
桃太郎侍の般若面へと変身していました。
“ひとお〜つ”。

そこはお土産物屋さんの集まりだったのです。
アイヌの暮らしぶりなど何も伝わって来ないのです。

何がアイヌコタンだ。
有名な観光地だからって、手を抜くな。

どうにか気を落ち着かせ、とりあえずお土産を漁りました。

ところが、コロポックルやニポポは、めっちゃ高い。
技術がいるのはわかるけど、あくどいのではないか。

きつねのキーホルダーやストラップなど、
空港にでも売っているくだらない土産は安いのですが、
そんなものを売るな!と言いたい。

アイヌコタンだろ!
ますますこの地が嫌いになりました。
もう、二度と行ってやらんけのお。どこの人間だ?

その日は移動で疲れていたので、
早めに宿泊地である「川湯温泉」へと向かいました。

夕食の前に温泉に浸かることを忘れてはいけません。
早速入りました。

そこには、私の大好きな露天風呂は無いのですが、
歴史を感じさせるような、古びてはいるが、
風情の残る2階建ての施設がありました。

入口を入るとそこが2階部分で、
「真湯(しんゆ)」という温泉成分の無い浴槽がありました。

なぜ温泉ではないのかというと、
下の階の浴槽がすべて温泉で、酸性の強いお湯であるため、
出る時には、真湯に入って酸性を和らげる必要があるからです。

温泉の横には、「飲泉(いんせん)」というものがあり、
コップを置いています。
少し温泉に詳しい私です。

それを飲んでみたら……“うんげぇ”となりました。
何も考えずにゴクリッと多めに飲んだのが間違いでした。

酸性なので、“梅干し食べてスッパマン”だったのです。
これはすごい。優しい私は、翔馬にも奨めました。
彼は“おんぐぇ”でした。いや〜、面白い。

温泉から出て、ゆったりとほげぇとしていたら、
まもなく夕食となりました。
どうも私は擬態語が多い。文才が無いのでしょうか。

仲居さんによる準備が始まり、
4人一同が「おおお…」と心の中で小さな驚きの声を発しました。

テーブルが片付けられ、
ひとりひとりにお殿様膳が用意されたのでした。
しかも、でかい。

あれやこれやとたくさんの料理が並びました。

高級旅館や粋を心得た旅館では、こんな下品な食事は出しません。
「仕事」をしている料理を少しずつ供するものです。

しかし、私は好きだ。がんばっているじゃないか。
さびれた温泉地で、できる限りのもてなしをしようと努力している。
その意気込みをかいたい。

おかんと嫁はんは、まったく食べきれず。
翔馬はほとんどを腹に収め。
私は残ったものまで口に運び、すんげえ満腹。
それでも少し残してしまいました。
あ〜もったいない。もう少し少なくてもいい、とは思います。

寝る前に、もう一度温泉に入って、旅の1日目が終りました。

次の日、北海道に来たからには、360°の風景を見たいと思い、
多和平という展望台のようなところへ。

3泊4日のうち、その時だけ空は晴れ渡り、
感動の景色を堪能することが出来ました。

地平線、山並み、農場、牧場、馬や羊、
牛などののどかな風景は、
私たち4人を優しく包み込んでくれました。
これが北海道。北の大地の温かさなのです。

さあ、次行こか!

そうそう忘れていました。1日目の昼飯の出来事を。

たいした店が無かったので、適当な食堂へ入ったのですが、
翔馬の注文がちょっとおかしいので、書いておきます。

大人3人は、小さな丼と麺類がセットになった、
よくあるメニューを注文したのですが、翔馬は違います。

ミニ天丼のセット(みそ汁と小鉢、漬物付)と
ミニ鉄火丼のセット(同じく)を注文したのです。

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丼物を2つ頼むやつは珍しい。

確かにミニかもしれないが、普通の丼の3分の2くらいはあります。
8歳のガキがどれだけ食うつもりだ。

この人は、米好きです。
うまそうに食べていました。すごい。

posted by 遊酔 at 08:48| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

中津村開拓日誌・第8号−3(2001年11月発行)

5月、村のあちこちの畑でイチゴがまっかに実っています。

うちのイチゴも小さいながら、けっこう実をつけています。
あまり甘くありませんが。

今年はどうしたわけか、
イチゴがものすごくたくさんやって来ました。

翔馬の友だちのお宅から、
市販のパックでいうと4パックほどいただきました。

それがなくならないうちに、ご近所から3パックほど。

続けて、「イチゴジャム作る?」と聞かれ「作ります!」と言うと、
魚を入れるようなスチロール箱で1つ。
これは5パックぐらいになります。

また別のところからも1パックがやって来ました。

そのまま食べても甘くて美味しいのですが、
なにしろ量がすごいので、嫁はんが加工することに。

イチゴタルトにフローズンヨーグルト、
イチゴジャムを作り、毎日毎日ムシャムシャと。

とどめは、近くの農家の方から、
「イチゴを採りにおいで」とのお誘いが。

親子3人+お隣りさんで行ってみると、
そこにはすっげえ大きなイチゴが……。

まっかっかっかサルのケツ、じゃなくてイチゴが美味しそうに。

私たちは遠慮もなくちょっと大きな竹のザルを持っていきましたが、
そこにいっぱい採らせていただきました。

採りながらも、大きくつやつやしたイチゴをパクパクしていましたが、
これが甘いのなんの。

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食べ放題、採り放題です。しかもタダ。
ちょっといやらしいですね。
でもタダはウマいのです。

私たちの採ったものを見てその畑の主は、
「もっと採っていきや」とまで言ってくれました。

ありがたいことです。都会ではあり得ないことです。
田舎はすばらしい。やはり食い物に弱い私でした。

ちなみに、たけのこもオンパレードするほどやって来ました。

たけのこごはんに、煮物、天ぷら、和え物……。
京都で食べたら、何万円とられるかわかりません。
やっぱり田舎はいい。

これは余談ですが、小学校の1年か2年の頃、
学校の前の畑でイチゴをめいっぱい食べた記憶があります。
口のまわりをまっかにして。

もう時効ですが、畑の持ち主さん、ごめんなさい。
そうです。無断で食べたのでした。
良い子は、マネしてはいけません。

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2017年10月16日

中津村開拓日誌・第8号−2(2001年11月発行)

東京ディズニーシー&ディズニーランドに行って来ました。

もちろん、自分たちのお金で行ったわけではありません。
嫁はんのご両親が出してくれたのです。

うそ〜、なんで?と思われるでしょうが、
そういう羨ましい話もあるのです。

事の発端は、みなさんもご存知でしょうが、
山崎パンのポイントシールを集めるとペアチケットが当たる懸賞です。

なんと、嫁はんが当ててしまったのです。
すごい!

が……行くお金はどうするんだ?
うちには、そんなお金絶対にありません。

その話をご両親にしたところ、
「出してあげるから行っておいで」となったのです。

私たちも“うそ〜、なんで?”となったのです。

正直なところ情けないような、
申し訳ないような気もするのですが、私は素直です。
ありがたくそうさせていただくことに。

でも、出していただいたお金で豪遊するのも申し訳ないので、
超節約旅行をすることに。

行くからには、新しくオープンしたディズニーシーと
ランドどちらにも行きたいので、往復夜行バスにし、
むこうで安ホテルに2泊。
これで安く行くことができます。

ちょっとハードな旅行ですが、バスは安いですからね。

それに、ホテルはなんと1泊4.300円!
ビジネスホテルを超えた。しかも朝食付。
これはすごい。

だからといって、汚くて狭くて古いなんてことはありませんでした。
大きな普通のビジネスホテルです。

朝食だってバイキングなのです。
私は朝食バイキングの大ファンです。
昼や夜はイヤなのですが、朝はバイキングに限ります。

食べるのはハンパな量ではありません。
お皿が山のように盛り上がり、小鉢もずら〜っと。

しかも、山盛りのお皿は、2回3回と続くのです。
自分でもビックリです。

普段の私は、朝はコーヒーのみ。
何も食べる気がしないのです。

環境が変わると人も変わるようです。
あまり人に自慢できるようなことでもないですが。

品がないですよね。
嫁はんもいっしょにいて恥ずかしいそうです。

質素でありながら、
厳選された素材を職人の技で調理したものを、少量いただく。
これぞ、朝食の美しき姿だと思っている私ですが、
からだが欲するのです。
「育ち」には勝てません。

話が横道しましたが、
シー&ランドには朝から夜までいて、からだはボロボロでした。

しかし、しんどくても行く価値はありました。

シーは、ランドのようなディズニーらしさはありませんが、
乗り物がすごく面白いのです、怖くて。

ジェットコースターの苦手な私ですが、
嫁とあちらこちら遊びに行き、ムリやり乗らされ、
だんだん慣れてきていたので、少し面白くなってきたのです。
とんでもなく怖いものもありますが。

でも、どちらかというと私はランドの方が好きですね。
ディズニーらしいですから。

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まったく田舎暮らしには関係のない話でした。
すみません。

遊園地が近くにないもので、ちょっと刺激を求めたのですよ。

白浜アドベンチャーワールドや岬公園というものはありますが、
高いわりに面白くない。

和歌山市にポルトヨーロッパというのもありますが、
ここも高いので行けません。

翔馬は遠足で行ったことがあります。
羨ましい。

だいたいどこも高いですよね。
安くしないから、人が来ない。
人が来ないから、つぶれる。あたりまえのことです。

たいしたこともないところに、
高いお金を払って今時誰が行くのですか。

本来私は、メリーゴーラウンドや観覧車、
汽車ポッポといった昔の乗り物がある遊園地が好きなのです。

楽しい笑い声や子供が親を呼ぶ声、
お弁当をひろげる風景、静かな音楽…
そんな遊園地は、なかなかありません。

神戸の王子動物園は、好きな場所のひとつです。

市が運営しているので、予算のせいか古い乗り物しかありません。
それがいいのです。

もっとも民間では、赤字になって経営はムリでしょうが…。

話がどんどん枝わかれしていきそうなので、このあたりでストップ。

posted by 遊酔 at 10:14| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

中津村開拓日誌・第8号−1(2001年11月発行)

パンパカパ〜ン!
梨の木に、実が成りました!。

苦節40年……いやいや木を植えてまだ4年しか経っていません。

花を咲かせたことは前回お知らせしましたが、
本当に実が成ったのです。

10個。少しずつ少しずつ大きくなっていきます。

このまま育つだろうか、動物に捕られないだろうか、
通りがかりの人が盗まないだろうか、
嫁はんが黙って食べないだろうかと心配で心配で。

見守っている間に、なぜか実を落としたものが2個。
落ちて腐っていました。

風のしわざか、翔馬のしわざか。

その後なかなか大きくならないので、
これで終りかと思い、1個味見をしてみました。

やや甘いけれど、もう少し置いておくことに。

残りは7個。
ある日、食べかけたあとのある1個が地面に。
どうやらカラスのようです。

このぉ〜どろぼう猫め、
いや、カラス野郎、いや、メスかもしれない。
ん〜、どっちでもいい。
バカガラス!

そして1個は行方不明。
お〜い、どこへ行ったんだ。
お母さんの元へ帰っておいで! 私は、お父さんだ。

これぞ「なし」のつぶて、てか 。
あ〜はっはっは。

面白くなければ笑わなくて結構。

残りは5個となりました。

結局大きくなりませんでしたが、甘さはまあまあです。

1個をお隣さんにおすそわけしたら、
初物だからとお仏壇に供えられました。

そんなにしていただかなくてもいいですのに。
見た目も悪いし、恐縮です。

来年は、大きな実をつけるんだよ。

そうそう、実が成った後で知ったのですが、
梨は自分の花粉では受粉しないそうですね。

別の木を近くに植えて、
その花粉を人工で梨の木に受粉させるのです。

うちの木が実ったのは、田舎で虫が多く、
たまたま花粉を運んで来ただけのようです。

自然はすごいですね。
来年までに別の木を植えようと思います。

posted by 遊酔 at 10:20| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

中津村開拓日誌・第7号−4(2001年4月発行)

ちょっと田舎の事を。
ぜんぶそうか。
気になった事、見かけた事などをすこし……。

車で30分ほどの町に、ホームセンターがいくつかあります。
その中のひとつのお店が出した折り込みチラシに、
面白いものが載っていました。

まずは「ポン菓子機」。

あまり若い人は知らないでしょうが、
昔おじさんがリヤカーを引いて来て、お米とお砂糖、
そしてほんの少しのお金を渡すと、
それをパフパフ菓子にしてくれたのです。

でも、できたお菓子の中から、いつもすこし残しておき、
それを別の子どもたちに
売っていたように思うのは私だけでしょうか。

違っていたら、ごめんなさい。

あのおじさんの機械を売っているのです。
誰が買うのでしょうか。

もうひとつは「イタチとり」。
畑でも荒すのでしょうか。
それとも鶏でも食べに来るのでしょうか。私は知りません。
また勉強しときます。

きつねは家の近くで2度ほど見かけたのですが、
「きつねとり」は売っていません。


わが家のすぐ近くに小さな栗林があります。
その栗を狙ってサルがやって来るのです。
たくさんいるそうです。

私は1匹でいるところを2、3度見ただけです。

その栗林では、網を張ったり、ゴリラのお面を吊したり、
ウルトラマンの空気人形まであるのです。
サルにもスペシウム光線は効くのでしょうか。

今年はいのししの皮を吊していました。
それも、剥いで間がないような、真っ赤な血がついているものです。

何年か前なら気持ち悪いと思ったでしょうが、もう慣れました。
田舎暮らしも、もうすぐ4年が経とうとしていますから。

いのししが効果的なのかは聞いていません。


車で隣町を走っている時です。
道を横切る黒っぽい動物が。

またタヌキか?と思ってスピードを落とし、
よ〜く見ると、しっぽにシマシマが。
それに、墨を塗られたようなお顔。

えっ、うそ!
そいつもこっちを見ています。

なんと、アライグマです。
野性のアライグマを見たぞ!

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いてへん、いてへん。
おそらく、飼っていたものを捨てたか、逃げ出したかでしょう。
(この頃は繁殖していることを知りませんでした)

びっくりしました。
生で見るのは、動物園でしかありませんから。

posted by 遊酔 at 14:56| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

中津村開拓日誌・第7号−3(2001年4月発行)

秋と言えば、田舎はカキです。
フライにしたり、生にレモンをかけて……

ちが〜う。木に成るカーキ。
ひとりでボケ、ひとりでつっこむ。
これぞ大阪人の真骨頂。
何を言っているの?さて、本題。

引っ越してきた年の冬、
親しい人からカキの苗木をいただいたのです。
何本も買ったからと1本くれました。

日当りの良いところに植えたせいか、
どんどん大きくなり、去年の秋には、小さな実をつけたのです。

4、5個あったと思いますが、そのうちの3個が成長をつづけ、
大きく鮮やかなオレンジ色に、いやカキ色になりました。

ころあいを見計らい、食すことに。

うまい!これはうまい!
自分の家でできたものほど、美味しいものはない。

霜降りのステーキおよび大トロには負けますが、やっぱり。
でも、うれしさが美味しさを引き立てるのです。

なんだかどこかのキャッチフレーズのようですが。

今年は梨ができるでしょうか。できてほしい。

ちなみにわが家には、うめの木とリンゴの木もあります。

うめは買ったのですが、リンゴは大阪にいる時に、
食べた後の種を植えて育てたものです。

こちらに来てからは急激に大きくなっています。

レッドデリシャスという品種のリンゴを覚えているでしょうか。

アメリカ産なのですが、
輸入を開始してすぐに薬かなにかの問題が起き、
輸入禁止になったリンゴです。

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あは〜。そんな種から育ったリンゴは大丈夫でしょうか。

大丈夫だ。そう信じよう。
信じれば道は開かれる。何のこっちゃ。まぁ、いいか。

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2017年09月10日

中津村開拓日誌・第7号−2(2001年4月発行)

秋、村の祭です。
いまだ見たことがありません。

村民としては、誠に申し訳ないのですが、興味がありません。

一度は見ておいた方がいいだろうなぁ、とは思うのですが、
どうも屋台のない祭はだめです。

大阪のえべっさんや天神祭のように、
ずぅら〜と並んでないと行く気にならないのです。

なんて風情のないやつだと思われるでしょうが、
これはどうしようもないのです。

祭は食べるだけでいいのです。
子どもの頃から、成長していないのでしょう。

それに、祭の準備にお声がかからないのです。

うちが嫌われているのではありません。
うちの部落の新人さんたちは、みんなそうです。

遠慮しているのでしょうか。
でも、次の日の慰労会には呼ばれます。

前回は欠席しました。
何も手伝っていないのに、飲み食いだけするのは、
どうも気がひけるからです。

しかし、今回は行くことにしました。
あまり断わり続けるのも失礼かと思ったからです。
田舎暮らしは、気を遣います。

顔は知っていても、あまりしゃべったことのない人ばかりで、
手持ち無沙汰。

ごくろうさまの言葉やご挨拶が終わって、さあ乾杯。

フゥー。さて、どうやって時間をつぶそうか。
とにかく飲んで食べることにしました。

その日は、すしや刺身、鍋がでで〜んと並んでいました。

パクパク、ムシャムシャ、ペロ。
「どんどん食べてや」と区長に言われるまま、食べて飲んで。

ちょこっとまわりに気を遣い、
ビールなど注いでみたりしながら、また食べて。

そんな時、ちょっとした、
いや、じわじわと大きく感動する出来事に遭遇するのでした。

鍋に入っている白身の魚は、
なんと、なんと、ク、ク、クエなのでした。

知っていますか?
大きな魚です。
この辺りで、よく獲れるのです。
あの有名なクエ鍋ですよ。

知らんてか?
もう!

大阪で食べれば、
1人前8.000円〜10.000円はするという代物です。
地元で食べても、安くて6.000円くらいです。

そのクエを無造作にほうり込んで食べているのです。

なんだかめっちゃプリプリして、
うまい魚だなぁとは思っていたのですが、まさか!でした。

一度食べたいと思っていたので、ヒデキ感激!
私は遊酔ちゃんでした。

ヒデキもやっと結婚か。どうでもいいけど。
そうです。クエはうまいのです。

そこから、私の食べるペースが早くなりました。
もう、そのお姿を見ることはないかもしれません。

kue.jpg


今年も慰労会行こうかなぁ。
準備手伝えよ。すみません。

でもやっぱり、祭は好きになれません。

何が面白いんだ。
またまた食べ物の話になりましたね。
食べることでしか季節を感じない、おろかな私。

posted by 遊酔 at 12:40| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月03日

中津村開拓日誌・第7号−1(2001年4月発行)

21世紀になってしまいました。
と言っても、もう4月ですが。

何の感動もなく、いつもと同じ正月を迎え、
同じように月日が経ってしまいました。

21世紀と言えば、「梨」です。
ん?あれは20世紀でしたね。

誰もが思うでしょうが、20世紀梨の名前は変わるの?という疑問。

変わりませんでした。そりゃそうでしょ。
私の名前だって、さとちゃん21にはなりませんでしたもの。

21世紀梨は作らないのでしょうか。
と、つまらん書きだしです。

なぜこんなことを書いたかと言うと、
わが家の梨の木に、花がい〜〜〜っぱい咲いたのです。
びっくりです。

去年、1、2個咲いて、実は成りませんでしたが、
なんと、今年は花が満開なのです。

まわりの山々は桜が満開ですが。

も、も、もしかして今年はわが家の梨が食べられる?
いやいや夢を見てはいかん。

梨は袋をかぶせたり、めんどうなことが多い。
めんどうなことがキライなわが家の住人に、
そんなことができるだろうか?

いや、なんとかがんばりたい。
うまくいけば、梨農家になれるぞ!
梨の木は、120cm位のものが、1本しかありませんが。
あっはは。

それでは、第7号のはじまりです。

またまた、去年のことから書かねばならん。
もう忘れた。え〜と。

そうです。夏の終わり頃のこと。
作業場で、もくもくと(水曜だった気がするが)
おもちゃを作っていた時です。

足元になにやら大きな気配が……。

ゲッ、げっ、でっ、でっけえくもだ!うひゃ〜。

よく見れば、沢ガニです。なんで?

ここは作業場。なんでカニがおるカニい。不思議な経験です。

近くに小さな沢(大きければ川ですね)があり、
そこから溝がつながっているので、わが家へやって来たのでしょう。

つまんで溝に入れてやりました。
大きくなって、タラバやズワイになって帰ってくるんだよ。

良い子は、おじさんの言うことを聞かないようにしましょう。

posted by 遊酔 at 09:02| Comment(0) | 回顧・中津村開拓日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする