2018年07月21日

蝶の乱舞?

玄関から出ると、そこには恐ろしい光景が。

蝶か蛾かはわかりませんが、
まるでヒッチコックの世界のように、
大繁殖していました。

茶色と黒色が混ざったその虫が、数十頭。

いや、結構な距離の間でいたので、
百頭は超えているかも。

ものすごく鬱陶しく、気持ち悪くもありました。

こんなことは初めてです。

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2018年07月20日

蝉の声

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2018年07月19日

「YOPOKKI オニオンバタートッポギ」

韓国の棒状になったお餅「トッポギ」の料理が、
レンチンで食べられる、
カップタイプのインスタントランチという感じ。

カップに水を加えて、電子レンジで温めれば完成。

ひと口食べてみると、おぉ、旨いやん!

濃厚なバターの風味とオニオンの甘味が、
ガツンと伝わってきます。

アメリカ人マンマの味「マカロニチーズ」に似ています。

トッポギのもちもち感も美味しいのですが、
ちょっと固いのが惜しい。

口に残り過ぎます。

マカロニだったら、もっと美味しいのに。

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2018年07月18日

メリーゴーラウンド

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2018年07月17日

適当メドレーPART1

山口百恵。

♪辛いわ 辛いわ 辛いわ 
 こんな時こそ あなたは 井出らっきょ〜♪

イルカ。

♪汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる
 質屋に入れた 大切な時計〜♪

マッチ。

♪ベイビー 墨イカ 炙る〜♪

♪ギンギラギンに 猿が鳴く
 猿が鳴く 屋根の上で〜♪

松田聖子。

♪渚の バルコニーで
 焼いてて サンマひとつ〜♪

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2018年07月16日

じゃがいもがザックザク!?

じゃがいもの葉と茎が黄色く枯れてきたので、
そろそろ収穫です。

数年ぶりに植えたのですが、
予想を超えて、やや豊作。

結構大きかったので、嬉しいですね。

日陰の風通しの良い場所で、1〜2日乾かします。

まずは、ゆでて食べてみたら、ホクホクして、
甘みも充分にあります。

農家からすれば、穫れる量が少ないのかもしれませんが、
我が家にとっては大成功。

あぁ〜美味しかった!

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2018年07月15日

翔馬語録 6歳


さくらもち?


翔「ねぇ、プリントのさくらもちって何?」

私「へっ?」

翔「いちばん、さいしょの、も〜じ!」

私「それ、かしら文字か?」

翔馬は、決して頭が悪いとは思いません。
いろんなことをすぐに憶えます。

が、しかし、何ぶん適当なやつです。

どこで修理しようか?

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2018年07月14日

友よ

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2018年07月13日

私のたこ焼き修行。

私は、兵庫県尼崎市生まれ。大阪人ではない。しかし、ヤンキーの街、ディープな下町、という視点から見ると、文化圏はまったくの大阪だと思う。けっして、神戸ではない。「上品」などという言葉を知らずに育ってきた。

食に関しても、大阪と同じ。おばちゃんが一人でやっている、お好み焼き屋。屋台や駄菓子屋で焼いている、たこ焼き。おやじから子どもまで出入りする、汚ったねぇホルモン焼き屋。飾り気のまったくない、うどん屋。

そんな環境で育った私は、生まれた時から、「食」への執着がすごかった。たこ焼きには、特にそう。小学校になって、小遣いをもらうようになってからは、遊びに行くと、必ずたこ焼きを食べていた時期がある。

一番よく食べていたのが、通称・三角公園の屋台だ。三角形の突端に勝手に設置した、固定式の屋台。小さな、小さな屋台。木の舟に6、7個入って、20円くらいだったと思う。もう、毎日のように、これを食べていた。好きで好きで、舟についたソースまで、ベロッベロになめていた。お里が知れますわ。それくらい、好きだった。

おばちゃんが、たまに、焼きすぎたたこ焼きをおまけにくれるのだが、これが嬉しい。ちょっと固くなっているけど、ものすごく得をした気分になる。なんて優しいおばちゃんなんだ。こんな優しい人が世の中にいるのか、と思ったものだ。まぁ、いま考えれば、そんな商売人はたくさんいたような気がする。古き良き時代かな。

この屋台、ちょっとだけ問題があった。たまに、焼くおばちゃんが変わってしまうのだ。それは、代わりに焼くというのではなく、商売をやめてしまい、他の人に営業を譲ってしまうようだった。何人か変わっていた。

一度、マズ〜い時があった。たこも入っているのかどうか、疑わしい。ソースもケチるし、私の好きな青のりも、パラッ!くらいしかかけない。

買わなくなってしまった。しばし、他の店で我慢。しばらくしたら、また別のおばちゃんになって、美味しくなり、また通うようになった。

たこ焼きの想い出と言えば、友だちの誕生日パーティがある。友だちのお母さんが、たこ焼きパーティをしてくれたのだ。これは嬉しかったと同時に、ショッキングな出来事だった。家にたこ焼き器がある。家でたこ焼きが作れる。なんという、憧れの生活だろう。毎日、タダで食べられるなんて(実際はタダではないけど)。

好きなだけ、思いっきり、イヤというほど食べられる生活。こんな素敵な家庭があるなんて。あぁ〜、私は不幸だ。なんで、こういう家に生まれなかったのかぁ〜。………というくらいの衝撃だった。

後で聞いたところ、その友だちのお母さんは、昔、三角公園でたこ焼きを焼いていたそうだ。おぉ〜、運命だ。私は、そのお母さんから買っていたかもしれない。

ほどなく私は、たこ焼きの鉄板だけを、親に買ってもらった。たこ焼き器は高いので、買えなかった。

それから私は、たこ焼き職人への道を歩むことになる。んなことはない。でも、練習はした。しょっちゅう焼いていた。しかし、しかし。どうにもならない、大問題があったのだ。これが元で、私は、何年もたこ焼きを焼かなくなるのだった。

お好み焼きソースが、市販されていない……。そう、その頃はまだ売られていなかったのだった。たこ焼き屋さんは、業務用のお好み焼きソースを独自にブレンドして、使っていた。業務用なんて、どこに売っているのか、知らなかったし。

それで、仕方なくとんかつソースをかけていた。しばらくは、それでも満足していたけど、やはり違う。ソースをベロベロしたくはならなかった。そして、焼かなくなったのだ。あぁ〜。

大人になると、お好み焼きソースがスーパーに出始め、私のたこ焼き修行が再開された。ガス式たこ焼き器も買い、よく練習していた。屋台で焼いている光景が、眼に焼きついているので、技を習得するのに、それほど時間はかからなかった。

いまでは、プロとして……やってへん、やってへん。まっ、自宅で焼きまくっている。家族三人で、二百数十個を食い尽くすまでに成長した。

友だちの誕生パーティがなかったら。あのお母さんがいなかったら、友だちは生まれていない。じゃなくって、私の人生が変わっていたかもしれない。たこ焼き職人には、なっていなかっただろう。なってへん!

あのお母さんには、足を向けて寝ることはできない。どこにいるかは知らないが。ア〜ハ〜。

posted by 遊酔 at 09:05| Comment(0) | エッセイっぽい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月11日

波ぎわ

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posted by 遊酔 at 10:10| Comment(0) | 気ままな俳句詠み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする